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      <title>山さんのコラム</title>
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      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2010</copyright>
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         <title>心の持ち様で景色が変わって見える。</title>
         <description>私は８年前から、毎週月～金曜日の早朝２時間、駅前で議会報告を配りながら「山さんのあいさつ運動」を行っている。毎日同じ２時間だが、その日によって随分長く感じる日もあれば、とても短く感じる日もある。
さわやかな青空の下で、たくさんの皆さんと元気なあいさつが交わせる日は、あっと言う間に２時間が過ぎる。だが、今にも雨が降り出しそうな空模様の朝は、下を向いて無口な人が多く、交わすあいさつの言葉も少ない。そんな日は２時間がとても長く思えるものである。
先日、ある方から「あいさつは、自分の方から心を開いて相手に近づいて行くこと」を教わった。その翌日は朝から３０℃を超える猛暑であった。だが、私は駅前で行き交う皆さん一人ひとりに「おはようございます。今日も朝から暑いですね」「頑張って下さいね」と積極的に声をかけた。すると、今まであまり視線が合わなかった人からも「本当に暑いね」とか「山さんも暑いのに大変ですね」「山さんも頑張って下さいね」などの言葉が返ってきた。そして、あっと言う間に２時間が経っていた。
もう１０日以上も燃えるような猛暑日が続いている。そう言えば、昨夜の満月も熱帯夜の中でオレンジ色に見えたのは、私の心の持ち様のせいだろうか。</description>
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         <pubDate>Tue, 27 Jul 2010 11:10:57 +0900</pubDate>
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         <title>「あいさつ」とは</title>
         <description>先日、ある方から「『あいさつ』とは、自分の方から心を開いて相手に近づいて行くこと」と教わった。
私は、毎日たくさんの人と「おはようございます」「こんにちは」「こんばんは」「さようなら」などの挨拶を交わす。しかし今まで「自分から心を開いて相手に近づいて行くこと」などと意識したことはなかった。そう言われると「なるほど」と思う。
改めて「あいさつ」について考えると、挨拶にはいろんな方法がある。言葉による挨拶、身振りによる挨拶（握手やお辞儀、抱擁、手を挙げる、手を振る等）、笑顔の挨拶、手紙やハガキによる挨拶、メールによる挨拶など。挨拶はコミニュケーションの基本なのだ。
しかし、「最近の若者は挨拶の仕方も知らない」とか「あの人は、遇っても挨拶もしない」などの言葉を時々耳にする。本当はこれは間違いなのだ。相手がどうであれ（年齢が上であるか下であるか、会社の上司であるか部下であるかどうかなどに関係なく）、先に気がついた方から挨拶をするのが基本なのだ。
今日も「大きな声で元気に挨拶」を交わして、笑って一日を送りたいものである
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         <pubDate>Sun, 25 Jul 2010 20:00:00 +0900</pubDate>
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         <title>今日も山さんは元気ですよ。</title>
         <description>６月２４日（公示）～７月１１日（投票）の参議院選挙が終わり、７月１２日～１５日の会派の上海市盧湾区訪問、上海万博見学も無事終わり、梅雨も明けて１６日から約３週間ぶりに「朝の駅立ち」を再開した。ところが、いきなり朝から猛暑である。マイッタ。マイッタ。
朝、駅立ちで顔見知りの皆さんと交わす言葉は、つい「今日も朝から暑いですね」が決まり文句となってしまう。
そんな中、時どき「山さん、久しぶりですね」「どうしてたんですか」「どこか具合でも悪かったんですか」「心配してたんですよ」などの言葉が返ってくる。
しばらく顔を見なかっただけで心配していただけるとは、本当に有り難いものだ。ただ、朝の短い時間内に詳細を説明する時間は無い。「僕は元気ですよ」「また頑張ります」と答えるだけである。
今日も笑顔で元気に頑張ります！


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         <pubDate>Thu, 22 Jul 2010 15:04:47 +0900</pubDate>
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         <title>「ほめて」育てる</title>
         <description>昔から「ほめ育て」という言葉がある。子どもだけでなく大人でも「ほめてもらう」と嬉しいものだ。もっと頑張ろうという意欲が湧いてくるものである。
しかし、実は「ほめる」ことは意外に難しいものである。①目を見て、②笑顔で、③タイミング良く、④本当のことを、⑤心から　ほめなくてはならない。他所を見ながら、不機嫌な顔で、過ぎ去ったことを、口先だけでほめてもらっても嬉しくも何ともない。
生後２～３週間で、赤ちゃんは「可愛いね」「あなたが生まれて本当に嬉しい」と言う母親の顔を見つめ、やさしい目の輝きから自分が愛されていることを確かめて育つと言う。
また、「ほめる」ためには、こちらが常に「きれいな心」と「心の余裕」がなくてはなたない。常に「きれいな心」と「心の余裕」がなければ、タイミング良く相手の良い処に気付くことができないからだ。
さて、これまで自分は、相手の良い処を見つけて、タイミング良く「ほめる」だけの「きれいな心」と「心の余裕」を持ってきただろうか。</description>
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         <pubDate>Mon, 28 Jun 2010 06:59:14 +0900</pubDate>
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         <title>「人生八分」のすすめ</title>
         <description>「モタさん」の愛称で知られた斎藤茂太（さいとうしげた　1916－2006、歌人・精神科医師・随筆家、斎藤茂吉の長男、北杜夫の兄）は、その著書の中で
　私はいつも『人生８０パーセント主義』を提唱しているが、やはり何事も「ほどほど」が大切なのである。
　酒も「うまい！」と思うところでやめておく。腹八分、酒八分、人生八分。この「さじ加減」ができる人は、バランス感覚のすぐれた、人から信頼され大切にされる人だ。
と述べている。
昔から人間関係で悩む人が多い。完璧主義の考えで自分を苦しめるよりも、「ほどほど」に考えることで「心の力を抜く」ほうが良いという意味である。
「すべての人と仲良く付き合うこと」は不可能に近い。イヤな人（無礼な人、意地悪な人、思いやりがない人、自分を大切にしてくれない人など）がいても「世の中にはこんな人もいる」と思えば良い。人づきあいで多少気まずいことがあるのは「仕方がないこと」。関係が悪い人がいても「（この人とは）このままでも良いか」。親しくなれない人がいても「（この人とは）それなりに付き合おう」と割り切った方が良い。
人間関係では、人に気を遣うことは大切なことだが、気を遣い過ぎるから疲れるのだ。過ぎる前に「力を抜く」ことができたら、人間関係で悩むことも少なくなるだろう。</description>
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         <pubDate>Thu, 27 May 2010 13:47:54 +0900</pubDate>
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         <title>平成22年度寝屋川市議会役員が決定しました。</title>
         <description>５月１８～２０日の日程で「５月臨時会」が開催されました。
５月臨時議会の主な内容は、新年度の議長、副議長、議会選出監査委員など議会役員の選出です。議会役員が毎年交替することについては、一部に「たらい回し」との批判もあるようですが、市民の支持と信託を受けて選出された議員が、できるだけ多く役員を経験することができるという点では、毎年交替することに十分意義があると私は思っています。特に都市部の自治体では議員定数を多いため、役員の任期を複数年にすると一部の限られた議員だけが議会役員に就く事ができるということにもなりかねないため、毎年交替にも一定の意義があると私は思っています。
いずれにしても、寝屋川市議会では毎年交替が通例となっています。しかし、役員改選については各会派にそれぞれ思惑もあり（特に議員選挙の前の年５月臨時会では、良いポストに就いて今期を最後に引退しようと思っている議員や、良いポストに就いて次期選挙を有利にしたいと思っている議員など思いは様々のようです）、日程がスムーズに進まないことが多いようです。
今回も、難産の結果の新体制の誕生となりました。
【新しい議会役員体制】
議長＝中谷廣一（新風ねやがわ）、副議長＝梶本孝志（公明党）、議会選出監査委員＝板東敬治（新生ねやがわ）
【常任委員会の正副委員長】◎＝委員長、〇＝副委員長
①総務常任委員会　◎松本順一（新生ねやがわ）、〇田中久子（共産党）
②建設水道常任委員会　◎山﨑菊雄（新風ねやがわ）、新垣節子（公明党）
③厚生常任委員会　◎板坂千鶴子（公明党）、〇太田徹（共産党）
④文教常任委員会　◎広岡芳樹（新風ねやがわ）、〇肥後洋一朗（公明党）
【議会運営委員会の正副委員長】◎＝委員長、〇＝副委員長
◎北野志郎（新風ねやがわ）、〇板坂千鶴子（公明党）</description>
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         <pubDate>Thu, 20 May 2010 23:30:03 +0900</pubDate>
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         <title>言霊（ことだま）</title>
         <description>古くから「言霊（ことだま）」という言葉がある。万葉集にも登場する美しい言葉の一つで、言葉に宿っている精霊（不思議な力）という意味である。昔から、その力が働いて言葉どおりの事が起こると信じられてきた。そして、この「言霊（ことだま）」は現在でも生きている。
結婚式で「戻る」「別れる」などの言葉や、試験で「すべる」などの縁起の良くない言葉をできるだけ避けるのもその一つだ。また、かつてあるプロ野球選手にいつ「調子はどうか」と尋ねても、彼は常に「絶好調です！」と答えたという。いつもプラス思考の自己暗示をかけて力を発揮しようとしたのだ。
私たちは誰でも「夢」をもって生きている。「宇宙飛行士になりたい」などの途方もなく大きな夢もあれば、「家族揃って健康で幸せに暮らしたい」等のささやかな小さい夢もある。馬鹿にされそうで口にできない夢だったりもする。だが、恥ずかしくてもそれを言葉にすれば「夢」が「目標」に変わる。実現するために何をすべきかが見えてくる。自分に何が足りないかが分かってくる。また、周囲もあなたの夢を知ることで初めて応援や協力が出来るようになる。言葉にすることで実現への道筋が見えてくるのである。
これこそが「言霊（ことだま）」である。やはり言葉には大きな力があるのだ。
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         <pubDate>Sun, 18 Apr 2010 17:16:28 +0900</pubDate>
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         <title>今日一日を大切に</title>
         <description>昔から『一日一生』と言う言葉がある。「今日一日が自分の人生の最後の日だと思って精一杯生きよ」という意味だが、長く思える一生もよく考えると一日一日の積み重ねであり、永遠に続くものではない。人の寿命は誰にもわからないのだ。明日という日が全ての人に必ずやってくるとは限らないのだ。
とすれば、必ずいつの日か今日一日が自分の最後の日となることは確かだ。その最後の日がいつなのか誰も知らない以上、今日のこの日が自分の最後の一日だと思って生きるのも間違っていないだろう。
さて、今日だけが自分の最後の一日だとしたら、私はどんな一日を過ごすだろうか。
身辺を整理し、家族に感謝と別れの言葉を述べ、友人や知人を訪ねて旧交をあたためるだろうか。あるいは、やり残した仕事を今日一日の内に真剣に取り組んで、何が何でも仕上げてしまうだろうか。あるいは、今まで時間が無くて読めなかった本を、一日中ゆっくり読んで過ごすだろうか。

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         <pubDate>Wed, 31 Mar 2010 14:19:44 +0900</pubDate>
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         <title>後輩から「目標を持つこと」「挑戦すること」の大切さを学ぶ。</title>
         <description>最近、大学の同窓の皆さんと会う度に「後輩たち、みんな頑張ってるね！」の言葉から会話が始まることが多い。
昨年の暮れから、母校（関西大学）のアメリカンフットボールが甲子園ボウル（大学リーグ）で優勝し、正月に東京ドームのライスボウルで日本一を賭けて社会人代表と戦った。また同じ正月に、高校サッカーの全国大会で付属第一高等学校が国立競技場で大阪府を代表して日本一を目指して戦った。
そして、２月１２日から始まったバンクーバー冬季五輪のフィギアスケート男子に高橋大輔君と織田信成君が出場し、高橋君が銅メダル（日本人男子初のメダル）、織田君は靴ひもが切れるというアクシデントがあったものの７位入賞を果たした。
高橋君は、２年前の練習中に右ひざじん帯断絶の大けがをし、壮絶なリハビリを克服して復帰した。直前の練習では何度も４回転ジャンプを失敗しながらも、自分の目標は「オリンピックで４回転ジャンプを飛ぶこと」と決め、一度も無難に演技することなど考えなかったと言う。また、はじめ高橋君はこの大会を最後に選手を引退するつもりだったと言う。だが、４回転ジャンプを失敗したことから、もう一度次を目指して挑戦したいという。
後輩たちの活躍ぶりをテレビなどで観ながら、自分自身を振り返ってみると、最近、年齢と共にいつも無難な方を選択し、「挑戦する」ことを忘れかけていたような気がする。
後輩から、改めて「目標を持つこと」と「挑戦すること」の大切さを学んだ思いがする。

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         <pubDate>Sun, 21 Feb 2010 07:47:45 +0900</pubDate>
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         <title>「句読点」で気付いたこと</title>
         <description>先日、行政から１枚の文書が回ってきた。それを読んでいて何となく違和感を感じた。内容ではなく、文章そのものにである。
私は、これまで６０年の人生の中で数えきれない多くの文章を読んできた。その殆んどが日本語である。そして、これまでそれらの文章に違和感を感じたり疑問を持ったことはあまりなかった。だが、先日の文章は違っていた。
私はこれまで、日本語の文章の句読点は、縦書きも横書きも「、。」と思ってきた。だが、回ってきた文章は違っていた。「，。」だったのである。
さっそく役所の文書（法規）担当課に電話で確認した（と言うより、異議を申し立てた）。応対した担当課長は「今まで、そのような指摘があまり無かったので、しばらく時間を下さい」とのことであった。
翌朝、担当課長がたくさんの資料を抱えて私の部屋にやってきた。そして以下の説明をしてくれた。
今、役所の文書中には「、。」の文章と「，。」の文章があります。どちらも誤りではありません。昭和２６年に『公文書作成の要領』が国語審議会で議決されました。この要領では、公文書は横書きとし句読点は「，。」を用いるよう定められています。この要領は昭和６１年発行の内閣総理大臣官房総務課監修の『新公用文用字用語例集』にも記載されており、現在も有効です。しかし、５０年以上経過した現在においても、官報などこの要領に沿わない公文書が多く出回っているのも事実です。
ちなみに、文部省においては、横書きは「，  。」としていましたが、文部科学省への省庁再編時に科学技術庁の職員から不便だとの苦情もあり、公文書でも文書中で統一がとられているならば横書きでも「、。」でよいと内規されています。
また、横書きの教科書（算数、数学、理科、社会、音楽など）の殆んどが「， 。」です。ただし、教育委員会に確認したところ、教育現場の先生方は教室ではほとんど「、。」を使用しているようです。
私としては、横書きの原則は「，。」だということには直ぐに納得できないところであるが、字の書き順まで細かく規定する文部科学省（教育委員会）が句読点については、教科書で「，。」と明記し、教室では「、。」を使用していることこそ納得できないところである。

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         <pubDate>Tue, 26 Jan 2010 07:09:02 +0900</pubDate>
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         <title>「気」とは何？</title>
         <description>風邪の季節がやってきた。と言っても、昨年の夏から新型インフルエンザの大流行があり、今さらあまり驚くこともない。昔から「病は気から」と言われる。気の持ち方しだいで病気になると言う諺である。
では、「気」とは何か。正直言って、これまであまり真剣に考えたことはなかった。
天気、空気、元気、気が合う（合わない）、気がおける（おけない）、気がいい（悪い）、気に入る（入らない）、気を良くする（悪くする）、気がつく（つかない）、気を配る、気が重い（軽い）、気が大きい（小さい）、気が長い（短い）、気がかり、気が滅入る、気が晴れる、気が咎める、気がある（ない）、気が抜ける、移り気、気兼ね、気を取られる・・・・などなど、「気」のつく言葉は実に多い。
もともと「気」とは、中国の古い哲学用語で、万物を形づくり、そこに生命や活力を与えるものを指していた。天は軽い気によって、地は重い気によって形成され、季節のめぐりは陰と陽の気の移り変わりであり、雲は山や川から立ち上る気だとされていたらしい。
人体にもこの気は流れており、その道筋が経絡（すじと脈管）だという。「病は気から」という言葉は、本来は「気の不調から病になる」という意味だったらしい。
中国の太極拳やインドのヨーガ、仏教の座禅、気孔など、みな深い腹式呼吸法を伴う。気を体内に深く沈め、大自然の活力を取り込むためと言われる。気は宇宙エネルギーそのものと考えられているらしい。

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         <link>http://k-yamasan.com/column/2010/01/post_69.html</link>
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         <pubDate>Fri, 15 Jan 2010 10:45:49 +0900</pubDate>
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         <title>根っこを育てよう</title>
         <description>成人の日（1月11日）の午後、地元の中学校で、地域の皆さんが新成人と卒業時の担任の先生方などを招いて「若人のつどい」という催しが行われた。
もともと市主催の「成人の日」の行事自体が新成人にとっては同窓会のようなものだが、せっかく晴れ着で集まったのだから、そのまま場所を母校に移して同窓会（？）をしてはどうかと、3年前に地域の皆さんが音頭をとって始めたものである。
今年も新成人（卒業生）120名余りと、先生方・地域の皆さん合わせて80名近くの総勢200名近くが出席して、盛大で華やかな催しとなった。
催しの中で、かつての校長や担任の先生方が一人ひとりマイクの前に立ち、5年前の思い出や新成人に贈る言葉などをスピーチした。その中で私がとても感銘を受けた言葉があったので、ここにご紹介したい。
「皆さん、新成人おめでとう。これからも夢や希望をいっぱい持って生きて下さい。しかし、一生懸命勉強しても中々成績が上がらない時や、一生懸命努力しても、なかなか結果が出ない事があるかも知れません。そんな中々芽が出ない時は、腐らずに『今は根っこを育てよう！』と自分に言い聞かせて頑張って下さい。」
すぐに結果を求めようとする現在社会の中で、「すぐに芽が出て花が咲く一年草ではなく、たとえ時間が掛かっても、しっかり大地に根を張った樹木に育って欲しい」との恩師の願いが、新成人の心に果たして届いただろうか。


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         <link>http://k-yamasan.com/column/2010/01/post_68.html</link>
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         <pubDate>Tue, 12 Jan 2010 11:10:17 +0900</pubDate>
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         <title>三浦綾子と感謝夫人</title>
         <description>作家の三浦綾子さんのエッセイ『忘れえぬ言葉』に「感謝夫人」の一章があります。
「ありがたいですね～神様に感謝ですね～」が口癖の感謝夫人。
北海道の旭川で季節はずれの長雨が２０日間も続き、誰もが困り果てていたとき、「なんと長い雨ですこと、困ったものですわね」と問いかけると、感謝夫人はやはり
「長い雨で感謝だと思っています。こんなに長くつづく雨が、もし一度にどっと降ったら、たちまち洪水になって、家も畑も、みんな押し流されてしまいますよね。神さまはその大雨を長い日数に分けて、こうして毎日少しずつ降らせて下さっているのですよね。神さまに感謝ですよね」と答えたそうです。
その話しを受けて三浦綾子さんは
「私は脊髄カリエスで１０数年悩んで苦しんできた。神様は限りない優しさを持ってこの痛みを1０数年に分けて与えて下さったのだ。ありがたいことだ。もし症状が一度に悪化すれば、耐え切れるものではない。本当に神様に感謝だ。確かに長い病気ではあったが、父母がいて兄弟がいた。友人たちがいた。目も見え、耳も聞こえ、口も利け、手足も動く。感謝すべきことはたくさんあった」とその一編を締めくくっているそうです。
私も、できれば毎日「ありがとう」「感謝します」と言葉が自然と出てくるような人間になりたいものである。</description>
         <link>http://k-yamasan.com/column/2009/12/post_67.html</link>
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         <pubDate>Sun, 27 Dec 2009 07:06:18 +0900</pubDate>
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         <title>実際にあった「シークレットサンタ物語」</title>
         <description>今年もクリスマスが近づいてきた。クリスマスと言っても、我が家ではいつの間にか孫中心の行事に変わってしまった。指より数えてクリスマスを楽しみに待っていた「あの（子どもの）頃」は、もう50年も昔の事になってしまった。
先日、アメリカでクリスマスになると、貧しく困っている人に現金をプレゼントする『シークレットサンタ』と呼ばれた男性が実際にいたことを聞いた。
彼は、自分の名前を隠して活動をしていたが、いつしか『シークレットサンタ』と呼ばれるようになっていた。そして、自分が食道ガンのため治療しなければ1ヶ月生きられないと宣告されて初めて「秘密のサンタクロース」が自分の名前を明らかにした。
アメリカ中西部ミズーリ州のカンザスシティーの郊外に住むラリー・スチュワートさんの話です。
以下、インターネットで見つけた 【シークレットサンタ物語】です。
　　　　　　　　- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - 
1971年11月、23歳のラリー・スチュワートは会社が倒産し路頭に迷っていた。あまりの空腹に耐えきれず、ついレストランに入って取り憑かれたように注文してしまった。請求書を出されようやく我に返り、お金を持っていないことに気づいた。
そして、なんとかその場を取り繕おうとポケットの中を探すフリをしながらも、警察に突き出されても仕方が無いと思っていた時だった。一人の男性店員がラリーの横でしゃがんで、20ドル札（現在約2400円）が落ちていたと渡してくれたお陰で、彼は会計を済ませることができた。
だがこの人生最大の苦境に偶然手に入れた20ドルが、後に彼の運命を変える重大な鍵となる。
1972年、運良く拾った20ドルの残りを旅費にカンザスシティに移り住んだラリーは、警備関係の会社を起こして懸命に働いた。結婚し子供も生まれたラリーは幸せな生活を手に入れたかに見えた。
1977年12月、不況で会社が倒産しその日の食事代にも困るほど追いつめられた。貧しさのせいでラリーは我を忘れ、銃を手に銀行に入り、強盗を働きそうになった。だが、20ドル札を見てふと我に返り銀行強盗をすんでの所で思いとどまった。
改心したラリーは1978年、妻の兄からの援助を受けてセールスマンとして懸命に働いた。だが彼はまたしても試練を与えられる。
1979年12月、会社の経営が思わしくないということで、ラリーは解雇されてしまったのだ。もう助けてもらうあてがないと途方に暮れていた時だった。ふと目についた売店に立寄り、ポップコーンを注文した。
店員の女性は暗い表情で、違う商品とおつりをラリーに渡した。ラリーは彼女が困っているのだと思い、おつりの中から20ドル札をプレゼントした。彼女は受け取れないと言ったが、ラリーはクリスマスプレゼントだと言って手渡した。この日はクリスマスだった。女性は嬉しそうに礼を言った。その笑顔がラリーを明るくし、彼は思いも寄らない行動をすることになった。
そのままラリーは銀行に行くとなけなしの貯金を引き出し、白いオーバーオールに赤い服とベレー帽という姿で町に繰り出した。そして困っているような人や貧しい人に20ドル札をクリスマスプレゼントとして手渡したのだ。シークレットサンタが誕生した瞬間だった。
20ドルは大金ではなかったが、困っている人々にとっては大きな助けとなり喜んで受け取ってもらえた。
それがラリーの人生にも思わぬ影響を及ぼすことになる。家に戻ると、妻から銀行にお金が残っていなかったと聞かれた。ラリーは落としてしまったと答えた。すると妻は怒るどころか、『仕方がないわね、でもあなたは幸せそうね』と微笑むだけで文句を言わなかった。
翌年の1980年、ラリーは友人と長距離電話の会社を設立し、懸命に働いた。そしてその年のクリスマスにも道に立って人々に現金をプレゼントする活動を続けた。そしてその金額は少しずつ多くなっていった。
不思議なことにシークレットサンタとなって施しをすればするほど会社の業績が上がり、長年の切り詰めた生活から抜け出し家族のために家や新しい車を買えるまでになった。ラリーの妻も町中でシークレットサンタの噂を耳にするようになった。彼は家族にも言っていなかったのだ。
彼はそれからも一年も休むことなくシークレットサンタの活動を続けたのだが、9年目の1987年12月、ついに妻にシークレットサンタがラリーであることがわかってしまった。すまないと謝るラリーに、妻は「素敵なことじゃない。これからはもっと節約してたくさんの人を助けられるように協力するわ」と答えた。以後、家族もラリーの活動を知って陰から支えることになった。
1995年、地元ではすっかり有名になっていたラリーは匿名を条件に取材に応じた。カンザスシティ・スター紙のマクガイヤー記者は、彼も家族も一切表舞台に出ようとしなかったと話す。しかし報道されてから、シークレットサンタの正体への関心はさらに高くなった。
一方ラリーは多くの人に感謝されるにつれて、ある人物に会いたいという思いが募っていった。そして1999年12月、ミシシッピ州のトゥペロという小さな町のある男性宅を訪れた。
その男性とは、シークレットサンタの生みの親だった。28年前の1971年、一文無しだったラリーが落ちていた20ドルに救われた日のこと。本当の落とし主が現れたら困るので逃げるように店を後にしたラリーは、我に返って真実に気づいた。20ドルは、落ちていたものとして男性店員が彼にくれたものだったことに。男性店員はテッド・ホーンといい、当時のことを思い出した。
ラリーは彼がしてくれたことをいつか誰かにしようと思ったのだと話した。そして、テッドの20ドルがなかったら刑務所に入っていただろうという。
自分の人生を正しい方向に導いてくれたお礼にと、ラリーはテッドに1万ドル（約120万円）の入った封筒を渡した。受け取れないというテッドに、ラリーは自分が今あるのはあなたのおかげだと引かなかった。
当時テッドは、警察に突き出すのではなく、自らの過ちに気づき、他人への優しさを知って欲しいと思って20ドルを差し出した。それをずっと覚えていて、サンタ活動を続けたことには頭が下がるとテッドは話している。
テッドさんはラリーさんから渡された1万ドルを、近所の病気で困っている人たちや生活に苦しい人たちのために使ったという。人を思いやる気持ちは健在だった。
そしてラリーのサンタ活動は全米に広がった。
2001年には世界貿易センタービル爆破事件のあったニューヨークに行き、ホームレスや職を失った人を中心に2万5千ドルを配った。
2005年にはハリケーンで壊滅的な被害を被ったミシシッピ州を中心に7万5千ドルを配り、27年間で配った総額は150万ドル（約1億8千万円）になった。
だが昨年、シークレットサンタがついにカメラの前に現れ正体を明かした。彼は昨年4月、食道ガンのため治療しなければ1ヶ月生きられないと宣告されたのだ。正体を明かしたのは、自らの命の宣告を受け、身近な人への思いやりを広げて欲しいというメッセージを送りたかったからだろうと、
マクガイヤー記者は話します。その反響は大きかった。2日間で7000通もの手紙やメールが彼のもとに届いた。大半は自分もシークレットサンタになりたいというものだった。
その年のクリスマスも彼は病気を押してサンタの活動を行った。そのお陰で多くの人が笑顔でクリスマスを迎えられた。
今年1月12日、ラリーは58歳で静かにこの世を去った。それでも彼の笑顔と優しさは数えきれないほどの人の胸に永遠のサンタとして刻み込まれただろう。
生前ラリーは、シークレットサンタ協会を設立、会員資格は少なくとも1回他人への親切な行為を行うこと。今でも世界中から登録の申し込みが後を絶たない。</description>
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         <pubDate>Mon, 21 Dec 2009 10:55:41 +0900</pubDate>
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         <title>ブータン王国をご存知ですか。</title>
         <description>ブータン王国は、南アジアのインドと中国に挟まれた小さな国である。面積は約47,000k㎡（九州とほぼ同じ）で、約70万人が暮らす世界で唯一のチベット仏教を国教とする農業国である。
このブータン王国は、いま世界中から注目を集めている。それは世界が急激な近代化（欧米化）の進む中で、近代化の速度をコントロールしながら、国民総幸福量（GNH）をいう概念を前面に立てて、環境政策や伝統文化の保護に取り組んでいるからである。
「国民総幸福量」という概念は、前国王ジグミ・シンゲ・ワンチョクが「国民総生産（GNP）で示されるような金銭的・物質的豊かさを求めるのではなく、精神的な豊かさ、つまり国民全体の幸福を目指すべきだとする考え方から国是と定めたものである。
そして、2007年にブータン政府が行った国政調査では、「あなたは今幸せですか」との問いに対して９割が「幸福」と回答したと言われる。
また、日本との関係で次のような有名な話が残っている。
1989年2月24日、34歳のジグミ・シンゲ・ワンチュク国王が昭和天皇の大喪の礼参列のため、民族衣装「ゴ」の礼服姿で、数人の供を連れて来日した。他の国の首脳の多くが、日本から経済的な協力を得るために葬儀の前後に日本政府首脳と会談した。しかし、ブータン国王はこうした「弔問外交」を行わず、大喪の礼に出席して帰国した。新聞記者が理由を尋ねると、国王は「日本国天皇への弔意を示しに来たのであって、日本に金を無心しに来たのではありません」と答えたという。 
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         <pubDate>Tue, 24 Nov 2009 14:35:51 +0900</pubDate>
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