<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<rss version="2.0">
   <channel>
      <title>山さんのコラム</title>
      <link>http://k-yamasan.com/column/</link>
      <description></description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2012</copyright>
      <lastBuildDate>Thu, 26 Apr 2012 07:35:11 +0900</lastBuildDate>
      <generator>http://www.sixapart.com/movabletype/</generator>
      <docs>http://blogs.law.harvard.edu/tech/rss</docs> 

            <item>
         <title>私はピンバッチが好きです。</title>
         <description>私は、いつもピンバッチを胸に付けています。特に理由はありません。ただ好きだからです。
かつてライオンズクラブに在籍していた時、外国から招待した子どもたちが、帰国する際に胸にいっぱいピンバッチを付けて嬉しそうに帰っていくのを見て「格好いいな！」を思ったのがきっかけです。
今でも旅先で気に入ったピンバッチを見つけると買って、すぐ胸に付けて楽しんでいます。
また、議会や公式の場でも、いつも寝屋川市のマスコットの「はちかずきちゃん」のピンバッチを付けています。
１０年ほど前に市民訪問団の一員として中国上海市濾湾区を公式訪問した際にも、胸に「はちかずきちゃん」のピンバッチを付け、ポケットに同じピンバッチを１０個あまり入れて出かけました。そして濾湾区の皆さんから「はちかずきちゃん」の内容を尋ねられ、ポケットからピンバッチを出して「ネヤガワ・マスコット！　ネヤガワ・シンデレラ・ストーリー！」と言いながら皆さんにプレゼントしたのを覚えています。
先日、中国上海市黄浦区の人民代表委員会を表敬訪問した際に、先方の担当者の皆さんが「はちかずきちゃん」のピンバッチを胸に付けて私たちを歓迎して下さいました。
そして、歓迎の招宴でも主催者の人民代表委員会副主任は「はちかずきちゃん物語」を取り上げ、「歴史と人情豊かな寝屋川市とは、これからもずっと今まで以上の友好関係を保って行きたい」と挨拶していただきました。
改めて、こんな小さなピンバッチが日中友好の一役となっているのかも知れないことを嬉しく思い、益々ピンバッチが好きになった次第です。
</description>
         <link>http://k-yamasan.com/column/2012/04/post_114.html</link>
         <guid>http://k-yamasan.com/column/2012/04/post_114.html</guid>
        
        
         <pubDate>Thu, 26 Apr 2012 07:35:11 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>「断捨離」って</title>
         <description>いま「断捨離（だんしゃり）」という言葉が流行っているそうです。
人生や日常生活に不要なモノを断ち、また捨てることで、モノへの執着から解放され、身軽で快適な人生（シンプルライフ）が送れるという考え方です。
これは、ヨガの断行（だんぎょう）、捨行（しゃぎょう）、離行（りぎょう）という言葉からきています。
また、これは今話題になっている住まいの片づけ方法にも応用されています。断＝要らない物を断つ（買わない、貰わない）、捨＝家にずっとある要らない物を捨てる、離＝物への執着から離れる　ことが片づけのポイントとされています。
中でも一番難しいのは２番目の「捨てる」ことです。捨られない主な原因は「思い出がある」「もったいない」「まだ使えるかもしれない」などの執着心です。しかし、思い切って捨てるコツは「過去に拘らず、前（将来）を見て判断する＝使わないものは捨てる」ことだそうです。
さて、住まいの片づけ方法も然る事ながら、このお腹周りに溜まった不要な贅肉を何とかして「断捨離」で取り去ることができないものだろうか。

</description>
         <link>http://k-yamasan.com/column/2012/04/post_112.html</link>
         <guid>http://k-yamasan.com/column/2012/04/post_112.html</guid>
        
        
         <pubDate>Sun, 22 Apr 2012 21:10:25 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>４つのＫ</title>
         <description>テレビで気象予報士が「春は『４つのＫ』に注意にしましょう！」と言っていた。すなわち「強風、乾燥、気温差、花粉」に要注意なのだそうだ。私もいま花粉症に悩まされている最中である。以前はほとんど花粉症の影響はなかったが、どうも最近は田舎育ちの免疫力が切れてきたようである。
『４つのＫ』と言えば、先日ある方が挨拶の中で「常に４つのＫを持って前向きにやって行きましょう」と言っておられた。こちらの４つのＫは「好奇心」「志」「感動」「希望」だそうである。これもまた新しいスタートに相応しい『４つのＫ』だと思った。</description>
         <link>http://k-yamasan.com/column/2012/03/post_113.html</link>
         <guid>http://k-yamasan.com/column/2012/03/post_113.html</guid>
        
        
         <pubDate>Fri, 30 Mar 2012 16:13:54 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>政権は強いリーダーシップを！</title>
         <description>私は、東日本大震災の被災地のガレキを（原発事故で汚染されているかもしれない福島県のガレキは別として）、被災地の一日も早い復興の進めるために日本全体が協力して処理すべきだと思っている。
また、日本の財政の立て直しや高齢化社会に対応するためには消費税の引き上げもやむを得ないと思っている（もちろん、徹底的に無駄を無くすることが大前提である）。
被災地の復興のためにガレキの処理を日本全体で協力することについては、ほとんどの国民には異論がないことだろう。
また、高齢化社会に対応するために消費税を引き上げることについては、自民党政権時代からその必要性が議論されてきたところであり、食料品や下着などの日用品を非課税にするなどの措置を講ずれば、多くの国民の支持を得られると私は思っている。だが、実際は両方とも「反対だ」と言う人が多く、話が前に進んでいない。
その原因は何か。私は、一番の原因は「強いリーダーシップを発揮すべき民主党政権が、国民からの信頼を失ってしまった」ことにあると思っている。政治が、国難と言われる中で国民生活を直視せず、政権争いばかりをしているようでは、国民の信頼を失ってしまうのは当然である。
改めて、私は政権に強いリーダーシップを期待したい。
もし、それが期待できないのであれば、（一時的な政治の停滞があったとしても）衆議院の解散・総選挙を行い、新しい政権の下で強いリーダーシップを発揮してもらうしかないと私は思っている。
</description>
         <link>http://k-yamasan.com/column/2012/03/post_111.html</link>
         <guid>http://k-yamasan.com/column/2012/03/post_111.html</guid>
        
        
         <pubDate>Sun, 25 Mar 2012 11:41:23 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>妻に感謝する日</title>
         <description>先日３９年目の結婚記念日を迎えた。
妻は「いろんな事があった３９年」と言うが、私にとっては「あっと言う間の３９年」であった。
ゆっくり振り返ると、妻は仕事をしながら出産、子育て、子どもの進学、就職、息子の結婚、孫の出生・・・・本当に大変な３９年であったことだろう。
一方「私は」と言えば、いつも「仕事」を口実に面倒なことはいつも妻に押し付けてきたような気もする。
息子が私よりも妻を頼りに思って来るのも、何となく理解できる。
妻は私に偉そうな口をきく訳ではないが、今や我が家の実権は名実ともに妻が握っていると私は思っている。ちょうど、孫悟空がお釈迦さまの手のひらの中で暴れまわっているようなものである。
正直に「妻がいたから、今の私がある」と思っている。
「自分の誕生日は両親に感謝する日である」とも言われるが、私には「結婚記念日は妻に感謝する日」でもある。
</description>
         <link>http://k-yamasan.com/column/2012/03/post_110.html</link>
         <guid>http://k-yamasan.com/column/2012/03/post_110.html</guid>
        
        
         <pubDate>Sat, 24 Mar 2012 11:11:24 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>幸せになる秘訣</title>
         <description>何を「幸せ」と思うかは人によって異なる。お金がなくても「私は幸せだ」と思っている人もいれば、何億円とお金があっても「自分は不幸だ」と思っている人もいる。どうやら、幸せか不幸かはそれぞれの心の中に原因があるようだ。
先日、ある方から「幸せになる秘訣」を教えていただいた。
その人曰く「自分に『有るもの』をたくさん探せる人は幸せになり、自分に『無いもの』ばかり気になる人は幸せにはなれないという。
例えば、自分には「若さがある」「元気がある」「笑顔がある」「健康がある」「家族がある」「子どもがある」「友達がある」「恋人がある」「仕事がある」「住まいがある」・・・・・・こんな「有るもの」をたくさん探せる人は「幸せ」になれるそうだ。
反対に、自分には「十分なお金がない」「大きな家がない」「温かい家庭がない」「気が許せる友達がいない」「かっこいい恋人がいない」「立派な学歴がない」「人に話せる職業がない」・・・・・こんないつも他人と比較して自分に不満ばかり持っている人は幸せにはなれないと言う。
さて、私には『有るもの』がいくつあるだろうか。</description>
         <link>http://k-yamasan.com/column/2012/02/post_108.html</link>
         <guid>http://k-yamasan.com/column/2012/02/post_108.html</guid>
        
        
         <pubDate>Thu, 09 Feb 2012 10:21:14 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>門松は・・・・一里塚</title>
         <description>「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」という諺がある。だが年を重ねると、簡単なことを人に聞くのは勇気がいるものである。
先日、あるセミナーで講師から「大阪都構想は道州制への一里塚である」という言葉を何度も耳にした。言わんとしていることは全体の流れから何となく理解できたが、「一里塚」の意味がよく解らない。６０も過ぎているのに隣に座って方に「一里塚って何ですか」と尋ねる訳にもいかず、結局最後まで消化不良のような思いでセミナーが終わってしまった。
自宅へ帰って直ぐに辞書で一里塚の意味を確認した。「一里塚＝むかし、おもな街道に一里（約４キロ）ごとにもうけた道しるべのこと」と記されていた。
そして、使用例として「門松は冥土の旅の一里塚（正月を祝って立てる門松は目出度いものとされているが、人は正月が来るたびに年をとって死に近づいていくのだから、門松は死への旅の一里塚のようなものだ）」と書かれていた。これは、室町時代の禅僧一休が作った和歌とされ、この後に「めでたくもあり、めでたくもなし」と続くそうである。
幾つになっても知らない事が多い私である。もっともっと勉強しなくては・・・・！</description>
         <link>http://k-yamasan.com/column/2012/02/post_109.html</link>
         <guid>http://k-yamasan.com/column/2012/02/post_109.html</guid>
        
        
         <pubDate>Sun, 05 Feb 2012 07:44:27 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>倫理を忘れた元校長</title>
         <description>１月１７日の新聞報道によると、大阪府内の元公立中学校長が収賄容疑で逮捕されたという。
容疑は、在任中に修学旅行の旅行業者から業者選定に有利な取り計らいをした見返りとして、家族や親戚と行ったハワイ旅行の旅行代金を３００万円余り値引きしてもらった疑いがあるというもの。
元校長は昨年３月にめでたく定年退職している。「終わり良ければ総て良し」という諺があるが、彼の教員人生は果たして何だったのだろうか。
一人の教師として、多くの教え子たちに一体何を教えてきたのだろうか。
校長として、朝礼台に立って多くの子どもたちの前で一体何を話してきたのだろうか。
上司として、若い教員たちに一体何を指導してきたのだろうか。
彼は「教師も一人の人間だ。良い事もすれば悪い事もする。」と言いたかったのだろうか。だとすれば、余りにも悲しい。
彼は、これから単に収賄事件の裁きだけでなく、多くの人の信頼を裏切った罪、多くの人の心を傷つけた罪の裁きを受けることになるだろう。

</description>
         <link>http://k-yamasan.com/column/2012/01/post_107.html</link>
         <guid>http://k-yamasan.com/column/2012/01/post_107.html</guid>
        
        
         <pubDate>Wed, 18 Jan 2012 10:26:04 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>人生を決めるもの</title>
         <description>先日、テレビでアメリカのある町でホームレスをしていた貧乏少女が、独学で勉強をしてニューヨークタイムズ社の奨学金を得てハーバード大学を卒業し、今は貧しい子どもたちを支援する仕事をしているという番組を見た。
その番組の中で彼女は「環境が人生を決めるのではない。どんな人間になりたいか、その意思が人生を決めるのだと思います」と語っていた。
私は、４０年余り前に田舎の高校を卒業して大阪へ出てきた。そして、アルバイトをしながら弁護士を志して大学（法学部）を卒業した。
だが、結婚して２人の子どもが生まれ、現実の生活の中で弁護士になる夢はいつの間にか遠く彼方へと消えてしまった。
私は、決して自分の人生を後悔している訳ではないが、なぜか懐かしい思いで私の人生を重ね合わせていた。
</description>
         <link>http://k-yamasan.com/column/2012/01/post_105.html</link>
         <guid>http://k-yamasan.com/column/2012/01/post_105.html</guid>
        
        
         <pubDate>Thu, 12 Jan 2012 17:26:00 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>今年は「ひみ寒ぶり」が豊漁です！</title>
         <description>私は高校卒業まで富山県氷見市で生まれ、育った。その故郷から今年も嬉しい便りが届いた。
氷見市と言えば、何と言っても「寒ぶり」が有名である。あまりにも有名になったので、昨年は産地偽装まで発覚したくらいである。そこで今年から漁協で１匹ごとに管理番号を打ち販売証明書を付けて、『ひみ寒ぶり』というブランド名（商標）で販売していると言う。
その「氷見寒ぶり」が、今年は豊漁だという。１５キロを超える大物も含んで１２月６日以降ほぼ連日１０００匹以上が水揚げされていると言う。
因みに、「ひみ寒ぶり」はキロ４０００円前後の値段と言われているので、１５キロ以上の大物では１匹６万円以上もする高級魚である。
新聞によると、１５日の午前９時頃、４４人が生活する高岡市内の児童養護施設にワンボックスカーを乗り付け、発砲スチロール箱に入った「ひみ寒ぶり」１０キロと８キロの２匹置いていった男性がいると言う。そして、手紙には「今日とれた寒ぶりです。皆さまで食べてください。寒ぶりを愛する男より」と書かれており、「魚屋でさばいてもらってください」と１万円入りの封筒も添えられていたという。
本格的な冬の訪れを一緒に、温かい心も届いた故郷から便りであった。</description>
         <link>http://k-yamasan.com/column/2011/12/post_106.html</link>
         <guid>http://k-yamasan.com/column/2011/12/post_106.html</guid>
        
        
         <pubDate>Sat, 17 Dec 2011 18:39:08 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>あなたは「幸福」ですか。</title>
         <description>ブータン王国と日本は、国交を樹立して今年で２５周年を迎えた。
そのブータン王国の国王夫妻が、１１月１５日～２０日、国賓として来日され、滞在中に、福島県など東日本大震災の被災地も訪問される予定と言われる。因みに、国王夫妻は今年１０月１５日に結婚されたばかりだ。
ブータン王国は、南アジアのインドと中国に挟まれた小さな国である。面積は約４７，０００k㎡（九州とほぼ同じ）で、約７０万人が暮らす世界で唯一のチベット仏教を国教とする農業国である。
 このブータン王国は、いま世界中から注目を集めている。それは前国王が「国民総生産量（ＧＮＰ）で示されるような金銭的・物質的な豊かさではなく、国民総幸福量（ＧＮＨ）＝精神的な豊かさ、国民全体の幸福を目指すべきだ」との考えから、伝統文化や環境保護などの政策を推し進めているからである。
 そして、2007年にブータン政府が行った国政調査では、「あなたは今幸せですか」との問いに対して９割の国民が「幸福だ」と答えたと言われる。
 
話は変わるが、先日、法政大学大学院の坂本光司教授の研究室グループが「４７都道府県の幸福度に関する研究成果」を発表して、いま注目をあびている。
この研究は、様々な社会経済統計の中から「生活・家族」「労働・企業」「安全・安心」「医療・健康」の４つの部門から、地域住民の幸福度を端的に示していると思われる４０の指標を抽出・加工し、総合的に評価・分析したものである。
そして、発表された４７都道府県幸福度ランキングによると、１位は福井県、２位＝富山県、３位＝石川県、４位＝鳥取県、５位＝佐賀県・・・・・・・４５位＝兵庫県、４６位＝高知県、４７位（最下位）＝大阪府であった。
上位は、離婚や犯罪発生率が低く、貯蓄や持ち家率の高さが評価されたもので、下位は、失業や離婚、犯罪発生率の高さなどが影響したものと言える。


</description>
         <link>http://k-yamasan.com/column/2011/11/post_103.html</link>
         <guid>http://k-yamasan.com/column/2011/11/post_103.html</guid>
        
        
         <pubDate>Mon, 14 Nov 2011 06:17:13 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>想われ人</title>
         <description>最近、若者の間でラブコミックの「想われ人」（作・生島美弥）というのが話題になっているらしい。
インターネットで検索すると、ラブコミック自体が私のようなマンガ世代の人間にはかなり近づき難い世界のように感じられた。
「想われ人」と言えば、かつて豊臣秀吉が「わしの想われ人になってくだされ」といって茶々を口説き落としたとか、落さなかったとか・・・。
いずれにせよ、「秘かに思いを寄せる」と言う意味より、更に一歩進んで「恋心を持って慕う」を言う色気を感じる言葉のようである。</description>
         <link>http://k-yamasan.com/column/2011/10/post_104.html</link>
         <guid>http://k-yamasan.com/column/2011/10/post_104.html</guid>
        
        
         <pubDate>Tue, 25 Oct 2011 09:20:45 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>「か・き・く・け・こ」人間になろう</title>
         <description>先日、ある雑誌の中で、平安女学院理事長の山岡景一郎氏の『～魅力ある人間になるために～か・き・く・け・こ　人間になろう』という文章に目が止まった。
平安女学院では、「躾（しつけ）・心得・愛」を教育目標に掲げて、社会や企業から嘱望される女性の育成を目指しているという。そして、山岡氏は講演を頼まれると、「か・き・く・け・こ」を意識して行動すれば、魅力ある女性になれるという話をするという。
すなわち、「か」・・・自分を変える。　「き」・・・協調する姿勢を持つ。　「く」・・・工夫しなければ魅力は生まれない。　「け」・・・見識を広める（読み書き）ことが大切。　「こ」・・・行動力のある人にチャンスが訪れる。　である。
これは、「魅力ある女性」というより、「（男女に関係なく）魅力ある人間」を育てるための秘訣だとも言える。</description>
         <link>http://k-yamasan.com/column/2011/09/post_102.html</link>
         <guid>http://k-yamasan.com/column/2011/09/post_102.html</guid>
        
        
         <pubDate>Wed, 28 Sep 2011 14:17:48 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>津波てんでんこ</title>
         <description>昨夜、ＮＨＫテレビで、３月１１日の東日本大震災で、多くの子ども達が犠牲になった宮城県石巻市大川小学校のケースをとりあげ、地震発生から津波到達まで30分近くあったのに、なぜ多くの子どもたちを助けることができなかったのか検証する番組があった。
大川小学校では全校生徒１０８人のうち８４人の児童と１０人の教職員が犠牲となった。運よく助かった児童の証言によると、地震発生と同時に児童と教職員は校庭に避難し、高台に避難を開始するまで30分近く校庭で待たされ、そして避難を始めて数分ののち大津波に飲み込まれてしまったと言う。今後の災害に活かすためにも、十分検証をしてもらいたいものである。
一方、同じ東日本大震災で過去の教訓を活かして難を逃れた地区がある。岩手県釜石市の小中学校である。
東日本大震災で１２００人を超す死者と行方不明者を出した岩手県釜石市では、３千人近い小中学生のほとんどが無事に避難した。背景には、古くから津波に苦しめられてきた三陸地方の言い伝え「津波てんでんこ」（自分の責任で早く高台に逃げろの意味）に基づいた防災教育がある。想定外の大津波が押し寄せる中、防災の教えが子供たちの命を救ったのだ。
釜石市北部の大槌湾を望む釜石東中学校（生徒数２２２人）は、同湾に流れ出る鵜住居（うのすまい）川から数十メートルしか離れていない。１１日午後の地震発生時は、各教室で下校前のホームルームが行われていた。
立っていられないほどの横揺れが生徒たちを襲った。揺れが一段落すると、担任教師が「逃げろ」と叫び、栗沢君が校庭に出ると、２、３階にいた１、２年生も非常階段を下りてきた。
校庭に出た生徒たちは教師の指示を待たず、高台に向かって走りだした。途中、同校に隣接した鵜住居小学校（児童数３６１人）の児童も合流。小学生の手を引く中学生の姿も目立ったという。
子供たちは普段の防災訓練で使っている高台に集まろうとしたが、だれかが「まだ危ない」と言いだし、さらに高い場所にある老人施設まで移動。学校から１キロも走っていた。
教師たちが点呼を取ったところ、登校していた両校の児童生徒計５６２人全員の無事が確認できた。その５分後、両校の校舎は津波にのみ込まれた。
津波は地震発生後、いつ来るか分からない。教師の指示が遅れると、逃げ遅れることになる。釜石市内の小中学校は指示されなくても「とにかく早く、自分の判断でできるだけ高いところ」に逃げるよう指導してきたのだ。 
改めて、「生きた防災教育」の大切さを痛感した２つの例である。</description>
         <link>http://k-yamasan.com/column/2011/09/post_101.html</link>
         <guid>http://k-yamasan.com/column/2011/09/post_101.html</guid>
        
        
         <pubDate>Thu, 15 Sep 2011 20:27:18 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>遠い先祖と近い先祖</title>
         <description>この夏、久しぶりに２泊３日で家族でお墓参りを兼ねて富山へ帰省してきた。
高校卒業後、大阪へ出てきて既に４０年を超えてしまったが、故郷はいつ帰っても温かく迎えてくれて嬉しい。
ところで、私の生家には今でも仏壇と神棚の両方が祭られている。小さい頃気にしたことも無かったが、議員になって仏教や神道、キリスト教など様々な宗教の葬儀に参列する機会が多くなったせいか、最近仏壇と神棚が同居していることに少し違和感のようなものを感じていた。
そこで、思い切って寺の住職に疑問を尋ねてみた。すると住職は「日本人にとって近い先祖が仏様で、遠い先祖が神様なんですよ。だから仏様にも神様にも手を合わせてお参りするんですよ」と解り易く教えて下さった。
今年は、久しぶりに遠いご先祖にも近いご先祖にもお会いできた嬉しい夏だった。</description>
         <link>http://k-yamasan.com/column/2011/08/post_100.html</link>
         <guid>http://k-yamasan.com/column/2011/08/post_100.html</guid>
        
        
         <pubDate>Tue, 30 Aug 2011 09:28:58 +0900</pubDate>
      </item>
      
   </channel>
</rss>

