« 遠い先祖と近い先祖 | メイン | 「か・き・く・け・こ」人間になろう »

津波てんでんこ

昨夜、NHKテレビで、3月11日の東日本大震災で、多くの子ども達が犠牲になった宮城県石巻市大川小学校のケースをとりあげ、地震発生から津波到達まで30分近くあったのに、なぜ多くの子どもたちを助けることができなかったのか検証する番組があった。
大川小学校では全校生徒108人のうち84人の児童と10人の教職員が犠牲となった。運よく助かった児童の証言によると、地震発生と同時に児童と教職員は校庭に避難し、高台に避難を開始するまで30分近く校庭で待たされ、そして避難を始めて数分ののち大津波に飲み込まれてしまったと言う。今後の災害に活かすためにも、十分検証をしてもらいたいものである。
一方、同じ東日本大震災で過去の教訓を活かして難を逃れた地区がある。岩手県釜石市の小中学校である。
東日本大震災で1200人を超す死者と行方不明者を出した岩手県釜石市では、3千人近い小中学生のほとんどが無事に避難した。背景には、古くから津波に苦しめられてきた三陸地方の言い伝え「津波てんでんこ」(自分の責任で早く高台に逃げろの意味)に基づいた防災教育がある。想定外の大津波が押し寄せる中、防災の教えが子供たちの命を救ったのだ。
釜石市北部の大槌湾を望む釜石東中学校(生徒数222人)は、同湾に流れ出る鵜住居(うのすまい)川から数十メートルしか離れていない。11日午後の地震発生時は、各教室で下校前のホームルームが行われていた。
立っていられないほどの横揺れが生徒たちを襲った。揺れが一段落すると、担任教師が「逃げろ」と叫び、栗沢君が校庭に出ると、2、3階にいた1、2年生も非常階段を下りてきた。
校庭に出た生徒たちは教師の指示を待たず、高台に向かって走りだした。途中、同校に隣接した鵜住居小学校(児童数361人)の児童も合流。小学生の手を引く中学生の姿も目立ったという。
子供たちは普段の防災訓練で使っている高台に集まろうとしたが、だれかが「まだ危ない」と言いだし、さらに高い場所にある老人施設まで移動。学校から1キロも走っていた。
教師たちが点呼を取ったところ、登校していた両校の児童生徒計562人全員の無事が確認できた。その5分後、両校の校舎は津波にのみ込まれた。
津波は地震発生後、いつ来るか分からない。教師の指示が遅れると、逃げ遅れることになる。釜石市内の小中学校は指示されなくても「とにかく早く、自分の判断でできるだけ高いところ」に逃げるよう指導してきたのだ。
改めて、「生きた防災教育」の大切さを痛感した2つの例である。

About

2011年09月15日 20:27に投稿されたエントリーのページです。

ひとつ前の投稿は「遠い先祖と近い先祖」です。

次の投稿は「「か・き・く・け・こ」人間になろう」です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。

Powered by
Movable Type 3.34