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2008年03月 アーカイブ

2008年03月03日

親の恩を思う

昔から「誕生日は親に感謝する日」と言う。
少なくても自分の誕生日ぐらいは、自分を苦しい思いをして産んでもらい、愛情いっぱいで育ててもらった親に感謝しなさいよ・・・という意味であろう。
私の誕生日は5月だから、まだ2か月余りあるが、ふと昨年3月に亡くなった母親を思い出した。
私の母は、昨年の3月定例市議会の最中、3月13日に満88歳で天寿を全うした。8年前に父が亡くなってから富山で独りで暮らしていたが、3年ほど前から少し認知症の症状が出始めたため、高齢者の介護施設にお世話になっていた。
施設の職員さんのお話しでは、国会議員や地元の知事、県議会議員や市議会議員などの選挙がある度に「菊雄の選挙はどうだったか」と尋ね、職員さんが「息子さんは大丈夫だったよ」と答えると、笑顔でとても嬉しそうな顔をしていたと言う。
幾つになっても、死ぬ間際まで、息子のことを心配してくれていた親というものは本当にありがたいものだと、改めて感謝した次第である。
そんな母が亡くなってから早や1年がたった。本当は来週に一周忌法要の予定だったが、次の土曜・日曜は寝屋川市議会では休日議会が予定されているため、親戚とお寺にに無理を言って昨日に変更してもらった次第である。

2008年03月16日

国歌は応援歌、国旗は応援旗

先日、地元の中学校の卒業式に出席させていただいた。
私は、これまで20回近く同じ中学校の卒業式に出席させていただいて来たが、今年の卒業式ではとても感動したことがあった。
それは、国歌斉唱の時、生徒のほとんどが声を出して国歌(君が代)を唄っていたことである。不思議に思われるかも知れないが、昨年までの卒業式では、生徒たちは国歌を斉唱(声を出して唄う)していなかったのである。
確か、40数年前に私が中学校を卒業した頃は、まだ「君が代」も「蛍の光」も「仰げば尊し」も歌っていた。しかし、いつの日にか「君が代」も「仰げば尊し」も卒業式から消えていたのである。
20年ほど前に久しぶりに卒業式に出席させていただいた時、「君が代」は伴奏だけになっていた。確か日の丸の国旗も壇上にはなかったような気がする。
そして、数年後、国歌斉唱の文字が卒業式の式次第に再び登場した。だが、当時実際に斉唱していたのは校長と教頭と私たち来賓だけであった。また、教師の中には着席したままの姿もあった。もちろん生徒の声など聞こえてはこなかった。恐らく生徒たちは先生から国歌(君が代)を教えてもらえなかったのだろう。
そして、何年か前から国旗(日の丸)が壇上に再登場し、少しずつ変化の兆しが見えていた。そして、今年の卒業式の国歌斉唱である・・・・。
国民の中に、国旗(日の丸)や国歌(君が代)に対する色んな思いがあることは私にも理解できる。60数年前の暗く悲しい歴史を見るとき、二度と子ども達を戦場に送ってはならないと思う気持ちは私も同じである。「天皇の時代が永く続くように」という歌詞に違和感の覚えるのも理解できる。
しかし、これから世界に羽ばたいて行く子ども達に、そんな大人の思いを押しつけて良いのだろうか。
私は、これからの子供たちは、広い世界の中で、自分の国や国旗や国歌に誇りを持ち、希望を持って生きることこそ大切ではないかと思う。そして私は、私たち日本人にとって「国旗(日の丸)は応援旗」であり、「国歌(君が代)は応援歌」だと思っている。
今年の中学校の卒業式の中で、みんなが唄う国歌(君が代)を聞きながら、新しい広い世界に巣立っていく子供たちに、「自信と希望をもって大空に羽ばたいてほしい」と心から思った次第である。

2008年03月21日

3月定例議会では4議案に反対しました。

2月28日~3月21日、寝屋川市議会「3月定例会」が開かれ、市長から提案のあった28件について、同じ会派の小西議員と時間をかけて十分内容を検討し、あくまでも「市民の目線」に立って「是々非々」で判断しました。以下、最終日(3月21日)に私が行った討論の内容です。

私は、市民派「新しい風」議員団を代表して
議案第13号・寝屋川市国民健康保険条例の一部改正
議案第18号・平成20年度寝屋川市一般会計予算
議案第19号・平成20年度寝屋川市国民健康保険特別会計予算
議案第23号・平成20年度寝屋川市後期高齢者医療特別会計予算
の4件については「反対」の立場で簡単に討論いたします。
① まず、国民健康保険条例の一部改正ですが、本条例案は「特定健康診査、特定保健指導の導入」など一部評価できる部分もありますが、70歳以上75歳未満の被保険者の一部負担金を1割から2割に変更する部分。保険料の賦課額に後期高齢者支援金等賦課額を追加し、賦課限度額を年額61万円から65万円に増額する部分については、到底市民の理解が得られるものではないと考えますので、反対いたします。
② また、平成20年度一般会計予算については、まず、第4款「衛生費」、第2項「清掃費」、2目「ごみ処理費」において、北河内4市リサイクル施設組合負担金1億436万6千円が含まれておりますが、ご承知のとおり、この施設は、これまで2度にわたって8万人を超える周辺住民等から建設中止を求める署名が提出され、住民訴訟が提起されたにもかかわらず、関係住民との合意形成に十分努力することなく強引に建設を進め、本年2月から稼動したものです。
これは、馬場市長が平成20年度市政運営方針の中で謳われておられる「市民との揺るぎない信頼関係の確立」とは程遠いものであり、関係住民の理解が得られるものではありません。よって、本予算には反対いたします。
また、同じく第4款「衛生費」、第1項「保健衛生費」、7目「環境衛生費」及び8目「公害対策費」に関しても、民間廃プラ工場が原因と思われる悪臭等による健康被害に対して、周辺住民からの「健康実態調査を実施してほしい」との訴えを無視し、市民の健康・生命を守るという行政の重大な責務を果たさず、未だに健康調査を実施しようとしない市の姿勢には到底賛成することはできません。
③ 次に、国民健康保険特別会計予算については、国民健康保険制度そのものに、社会保険や共済保険に比べて被保険者の負担額が異常に高いなど、大きな欠陥があるばかりでなく、先ほど「国民健康保険条例の一部改正」のところでも申し上げたとおり、ますます被保険者に負担を強いるものであり、到底市民の理解が得られるものではないと考えますので、反対いたします。
④ 次に、後期高齢者医療特別会計予算については、増え続ける高齢者の医療費を抑制することを目的に「後期高齢者医療制度」ができた訳ですが、その内容は、高齢者に大幅な負担増をもたらし、生存権をも脅かすものであるばかりでなく、一般の国民健康保険などの被保険者にも後期高齢者支援金賦課額という新たな負担を課するものであり、到底市民の理解が得られるものではないと考えますので、反対いたします。 以上です。

2008年03月27日

3月30日の日曜日、フランシーヌの場合は・・・

3月3日と3月30日は、いずれも私たち夫婦にとって大切な記念日です。
 39年前(1969年)の3月30日に私たち夫婦は初めて出会いました。雨の日曜日でした。当時私たち2人は、共にまだ19歳の学生(私は大学1年、幸子は短大2年)でした。そして、4年後(1973年)の3月3日のおひな祭りの日に結婚しました。その時は、幸子はすでに幼稚園の教諭をしていましたが、私は3月10日に卒業式を控えたまだ学生でした。いわば、私にとっては学生結婚だった訳です。したがって、3月3日と3月30日はいずれも大切な記念日という訳です。
 私たち夫婦が初めて出会った「3月30日の日曜日」のその日に、フランスのパリで、フランシーヌ・ルコンドという女学生が、ベトナム戦争とビアフラの飢餓問題に抗議して焼身自殺をするというショッキングな事件が発生しました。その事件を取り上げたのが、新谷のり子さんが唄った「フランシーヌの場合」という歌です。
 フランシーヌの場合は、あまりにもおばかさん フランシーヌの場合は、あまりにもさびしい 3月30日の日曜日 パリの朝に燃えたいのちひとつ フランシーヌ 
 ホントのことを云ったら オリコウになれない  ホントのことを云ったら あまりにも悲しい 3月30日の日曜日 パリの朝に燃えたいのちひとつ フランシーヌ 
 ひとりぼっちの世界に 残された言葉が ひとりぼっちの世界に いつまでもささやく
3月30日の日曜日 パリの朝に燃えたいのちひとつ フランシーヌ 
 フランシーヌの場合は、 私にもわかるわ フランシーヌの場合は、あまりにもさびしい 3月30日の日曜日 パリの朝に燃えたいのちひとつ フランシーヌ
 私たち夫婦にとって、3月30日という日と共に、この歌も一生忘れられない大切な歌となりました。
 今年、また「3月30日の日曜日」が巡ってきました。そして結婚35周年の節目の年です。3月29日~31日、久しぶりに夫婦で香港まで出かけることにしました。

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