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2008年01月 アーカイブ

2008年01月01日

自分に言い訳をしないこと。

今年も、家族そろって無事に新しい年が迎えるることができた。一歩外へ出れば何が起こるか分からない世の中、また、そろそろ夫婦そろって健康に注意しなくてはならない年頃、家族がそろって健康で新年を迎えることができたこと自体、実に喜ばしいことである。
私はいつも元旦に、去年一年を振り返り(反省し)、新年の自分なりの目標を立てることにしている。因みに昨年の目標は「頑張って、少しでも良い成績で2回目の選挙をクリアすること」であった。しかし、当面の目標は一応達成できたものの、自分の思うようにはいかないことが多い一年であった。
そして、物事が自分の思い通りに行かない度に、「世の中が悪いんだ」「相手が理解してくれないから」「自分に力が無かったから」などといつも自分自身に言い訳をしていたような気がする-そんな言い訳は何の役にも立たない事を知りつつも-。それは、自分自身に「自信」が無かったからだと思う。
そんな反省から、今年の目標を『自分自身に言い訳をしないこと』にした。世の中には、自分の思い通りにならないこと、努力しても結果が出ないことなんて一杯ある。しかし、自分のやったことに自信があれば、「自分はやるべき事はやった」「自分が正しいと思うことをやった」と自分自身に納得できる筈である。私はこの1年を「自信が持てる自分」に成長したいと思う。

2008年01月04日

「PPK」と「GNP」

先日、私の議会報告(11月号)の「山さんのコラム」を読んだとおっしゃる方から一通のお手紙をいただいた。「PPKとよく似た話を思い出したので・・・」と記され、「つくしの会」(2005年2月号)という会報の写しも同封されていた。会の詳細は分からないが、内容を読むとどこかの老人クラブの会報のようである。
その会報の末尾にこんな記事が掲載されていた。
近頃「ピンピンコロリ」と言う言葉を耳にする。意味もわかるし主旨にも賛同するが、どうも人聞きが悪い気がする。そこで代案を思いついた。G・N・P(ジーエヌピー)これでどうだろう。国民総生産のことではなく、元気で。長生き。ポックリ。の意味なんだけど・・・・・。
実に明るく、屈託のない記事である。できれば、こんな明るく楽天的に老後を送りたいものである。

2008年01月16日

「もし感謝の気持ちがあったら、自分の子や孫に返してやりなさい」

35年前の昭和48(1973)年3月3日に私ども夫婦は結婚式を挙げた。新婚旅行より帰ってから大学の卒業式(3月10日)に行ったので、私にとっては「学生結婚」ということになる。今から考えると、私の両親はともかくとして、家内の両親はよくも二人の結婚を許してくれたものである。
当時、私は北陸の片田舎から出てきて、法律事務所で働きながら弁護士をめざして司法試験に挑戦する苦学生(?)であった。そんな私が縁あって家内と知り合い、学生結婚することになったのである。
最初は反対していた家内の両親も、私の恩師(事務所の弁護士)の「山崎君は将来必ず立派な弁護士になる人だから」との仲人口に騙されて、最後は二人の結婚を許してくれた。-結果的に、私は司法試験をクリアすることができず、約束を果たせなかったことを家内の両親に申し訳なく思っている-
当時、家内はすでに短大を卒業して、公立幼稚園の教諭をしていた。家内の両親は二人とも楽観的な人で「一人扶ちは食えなくても、二人扶ちは何とか食えるもんだから」と言って二人の生活を黙って見守ってくれていた。その後長女が生まれ、長女が少し弱かったこともあって、家内は仕事を辞めて専業主婦となった。実際には、私の知らないところで、両親がかなりの援助をして私たちの生活を支えてくれていたのだと思う。
ある時、私が義母に「お父さん、お母さんにお世話にばかりなって、何の恩返しもできなくて・・・・」と言ったことがある。その時、義母は「そんなこと気にしなくても良い。もし私たちに対して感謝の気持ちがあるのなら、将来、自分たちの子や孫に返してやりなさい」と優しく答えてくれたたことを今でも覚えている。
あれから、もう何年経っただろうか。家内の両親は二人共もうこの世にはいない。入れ替わりに私たちが孫のいる年齢になった。
果たして、両親からいただいたご恩のほんの一部でも子や孫に返しているだろうか。


2008年01月23日

はじめの第一歩

私が朝の駅立ちを始めてから、もう5年半が過ぎた。最初はまだ前の職場に勤めていたこともあって、週2~3回で、朝7時から8時までの1時間程度であった。その後退職して選挙準備に専念するようになってからは、毎週月曜日から金曜日までの7時から8時30分までの1時間半に増やして、日を変えて2か所で駅立ちを続けた。お陰さまでその効果があって(?)か、最初の選挙は32人中16位で当選することができた。
いま思い返すと、一番最初に駅立ちを始めた時は、大変な不安の中で、清水の舞台から飛び降りるような一大決心と勇気が要った記憶がある。世の中には、他人には何でもないように見えることでも、当の本人にとっては死ぬような思いがすることがいっぱいあるものである。
最初の選挙が終わったあとも、「『あいつは選挙の前だけ駅前に立っている』と思われたくない」との思いもあって、毎朝の駅立ちを続けることにし、毎月議会報告を発行して駅頭で配ることにした(その議会報告も今月で55号を数えた)。その後「もっと多くの人に議会報告を読んでもらいたい」との思いから、駅立ちの時間を30分早めて6時30分からにし、場所も月曜日から金曜日までそれぞれ別の場所(5ヵ所)で行うことにして、今も続けている。
毎朝の駅立ちは辛いこともあるが、楽しいことも一杯ある。①顔見知りの人がたくさんできる。②たくさんの方から声をかけていただき、毎朝元気を一杯いただく。③体で季節感を感じることができる。④いち早く流行を感じることができる。⑤⑥⑦・・・・・。
多くの人から「“継続は力なり”だね」と言っていただくが、お陰様で2回目の選挙も上位で当選することができた。
何事でもそうであるが、「『はじめの第一歩』ほど難しくて大切なものはない」と私は思う。また、最近私は「勇気を出して、『はじめの第一歩』を踏み出せるか否かで人生が変わる」とも思っている。

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