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小学校英語学習と野球のキャッチボール

私は11月9日と10日の2日間、市内で開かれた「寝屋川市小中学校英語教育特区研究発表会」に参加しました。私が2日間この研究発表会に参加した理由は、「寝屋川市は特に小学校の英語教育に力を入れるのはなぜか」を理解したかったからです。
私にも、これからの国際化社会の中で、「できるだけ小さい頃から英語に親しんでおけば良い」ということぐらいは理解できます。しかし一方で、「いま学校で国語力が低下している」「国語が乱れ始めている」と指摘されている中で、公教育である小学校が「新たに、英語に取り組んでいる場合ではない・・・」という思いがあったからです。
もちろん、私はこれまでの中学校での英語学習(受験のための英語学習)が良いとは思っている訳では決してありません。英語であれ、国語であれ、何語であれ、「ことば」というものは話すことができて初めて本当の意味で「ことば」と言えるからです。
2日目のシンポジウムの中でも、慶応大学の大津先生は「小学校での英語学習は必要ではない」との持論を述べておられました。また、関西大学の田尻先生も「この発表会での子どもたちの英語は暗記であって、言葉に成り切っていない」とのご指摘もありました。
そんな中で、京都市教育委員会の直山先生は「小学校の英語学習は、中学校、高等学校の英語学習を包む大きな風呂敷です」と図を示して説明されておらてました。
直山先生のお話を聞きながら、私はふと「小学校の英語学習の目的は、もしかしたら、野球のキャッチボールと同じかも知れない」と気付きました。
私たちは小さい頃、親や兄弟にキャッチボールのやり方を教えてもらい、よく友達とキャッチボールや草野球をして遊びました。それは決して野球選手になるためではありません。もちろん、少年野球に入った友達もいれば、甲子園やプロを目指した友達もいました。でも、今は友達はほとんど野球とは関係のない世界で暮らしています。
しかし、小さい頃、親や兄弟にキャッチボールを教えてもらったお陰で、今でも子供たちとキャッチボールをすることができるし、時どき職場や町内のソフトボール大会にも参加することもできます。また、家族揃ってテレビでの野球観戦を楽しむこともできます。
もしかしたら、小学校の英語学習の目的も、なにも将来プロの選手(英語をペラペラ話せる人)を育てるためではなく、小さい頃から外国語(人)に対する違和感を無くし、案外外国に興味のある普通の市民を育てるところにあるのかも知れないと、ふと気付いた次第です。

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2007年11月11日 07:45に投稿されたエントリーのページです。

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